落第坊主の履歴書(674)

 平成15年と言う年はRKKラジオに「こちら九州ラジオ村」が復活して2年目
どうやら昔の番組のフアンの方々が注目してくださるようになったという年だ。
 あちこちの会合から声がかかるようになってきた。竜北町の教育委員会、保育園
の父兄会、鹿本町の福祉協議会、山鹿市役所の職員課、熊本県PTA連合会、
植木・山本小学校のPTAなどそれぞれのテーマでの講演会と言うか交流会
と言うか、いろんな人たちと話し合う機会があると言うのはうれしい。
  ラジオの仕事でなければ、これほど多くの異業種の人々と会う機会はない
だろう。それが刺激となり、どれほどの知識が身に付き、考える材料を与えて
もらえることか・・・。年を取る暇はまったくない。次から次ぎへとやらねば
ならない事がやってくる。また興味の湧く材料が集まってくる。


  この職業をやっていてよかったと思う。また、ラジオと言う媒体の持つ力は
すごい。電波を通して知り合った仲間とのきずなはどんどん広がってゆく。
各地の町お越しのメンバーとの付き合いはより多くの親しい仲間を増やして
行き、その中の一つ、植木町の色出地区の人たちとの交流はまた一つのヒント
となった。古い住民と新しい住民が混在しているところでのコミュニテイー
作りの難しさ、しかし、この地区では新しい人たちといかに交流を深めていくかを
真剣に考え、一生懸命云堂している姿を見て、よし協力しようと言う気になった。


 こうしてニュースには現れない、地道な動きが各地にいっぱいあることを知り
ラジオのスタジオ、マイクの前にだけいたのでは、本当の庶民の生活の実態が
見えてこないと言う事がわかり、今まで通り、時間の許す限り積極的に多くの
人々と接する機会を持とうと思った。お祭りしかり、各種の集会しかり、井戸端
会議にもどしどし加わろうと今ではどんな小さいな会合にも顔を出している。
そんな時のおみやげが大変だ。車に乗りきれないほどのスイカをいただいたり、
釣ったばかりの魚をいただき、我が家にたどり着くまでに車の中は魚の臭いが
充満し、三日間くらいは魚と行動を共にしているという感じになったこともあった。