落第坊主の履歴書(681)

 平成18年頃から山鹿の生活これで良いのだろうか?と思うようになった。山鹿が
少しでも良くなる事にお手伝い出来たらなと思っていたが、全くと言うほど変わらない。
郊外のショッピングセンターに押されっぱなしで、と言う事は大資本に翻弄されている
と言う事で、先が見えない。山鹿灯篭祭りにしてもぱっとしない。祭りなのかショウーなのか?
中心市街地活性化と言うが昨日の日経新聞に取り上げられていたが、全国の再開発でうまく
いっているところはない、と言う話。山鹿もうまく行くとは思わない。


 見捨てる積もりはないが、このままではどうにもなるまい。そんなこんなで、ある大学の
先生から「小松さん、これからは放送と言うよりインターネットですよ」と言われていたのだが、
私の考えでは理解出来ず、しばらくの間放っておいたのだが、ふとやってみるか、と思うように
なった。とは言ってもその知識はないので、たまたま近所にパソコンに強い仲間がいて
手伝ってくれると言うのでインターネット放送局を立ち上げることにした。


 手伝ってくれるのは本職は食堂を経営しているお宅の息子で、30歳代の若い男性だが
彼が全てを面倒見てくれることになり、わからないままとりあえずパソコンがなければ
始まらないので、電気屋へパソコンを買いに行くことになった。それが7月の初めだろうか・・。
電話を光フアイバーに変えたのも7月下旬、とにかく放送が出来る体勢を整えようと急いだ。
インターネット放送では既成の音楽は使えないと言う事がわかり、大変なことになった。
音楽無しでは放送は成り立たない、さて・・・・・・。