ラジオ村・村長の旅日記(072)
昭和45年9月まではまだ広告会社の社員だったが、とにかくあちこちの 媒体から声がかかり、取材を依頼されることが多くなっていった。元テレビ局の デイレクターでカメラも出来るということが得をしたのだ。 たまたま平凡出版には私の大学時代の後輩がいたので、当時発行されていた 「週刊平凡」と言う雑誌の旅記事の取材を依頼されるようになり、しかも毎週 担当しろというではないか! そんなわけでカメラを担いでの観光地の取材が多くなっていった。9月の下旬 には裏磐梯の五色沼へ、私にたっては二度目の旅で、今回は乙女沼近辺を中心に 取材をしたが、山に囲まれた景色のすばらしいところで、白雲莊というホテルに 泊まったがここも部屋からの眺めは抜群で、朝は霧に囲まれ、その霧が晴れて 山々が顔を出す時は見事なものだった。紅葉にはちょっと早かったが、それでも ちらちらともみじを見かけるここが出来たし、写真撮影も充分堪能できた。 この時の写真撮影がきっかけで、同じ平凡出版の「アンアン」と言う雑誌 からカメラ取材の依頼が来るようになった。もちろんまだ本格的に撮影をして いる時期ではなっかったので白黒撮影の依頼だがうれしかった。そんなこんなで 会社勤めをしているどころではなくなり、また会社に迷惑をかけるほどアルバイトの 仕事が多くなり、9月末日をもって退社することにした。