ラジオ村・村長の旅歴史日記(126)

  昭和52年から53年にかけての富山の生活
では、なんと言っても食べ物の話題が一番だ。
高岡の港からテレビの中継をした時の事だが、
仕事が終わって(朝の番組なので8時過ぎには
終わっていたのだが)魚市場の中にある食堂で
朝ご飯を食べて帰ろうという事になった。
  いざ何を注文しようかと考えている時に
私たちの目の前に先程中継した時に陸揚げ
された”甘エビ”が箱に詰められて届けられて
きたのだ。漁師さんたちがおごってくれると
言うのだ。お金にしたら何万円もする量だ。
こんなにもらって良いものかと悩んだが
折角の好意なので受ける事にした。
  それからが大変だ。食堂の叔母さんに頼んで
生のまま”甘エビ丼”にしてもらうことにした。
熱いご飯の上に甘エビをたっぷり乗せて
海苔と醤油をぶっかけるだけの料理だが
最高に美味しかった。こんな贅沢が普段
出来るわけがない。港へ来たからこそ、
水揚げしたての生き生きしたエビの風味が
なんとも言えなかった。ここでしか食べる
ことが出来ない味だ。まさに仕事上の
役得だ。
  なにしろ月曜日から金曜日までの仕事だが
朝の番組なので、うまくやれば仕事が終わって
朝の飛行機に乗り東京へ向かい、その日の
深夜の寝台特急で富山に帰るという日程を
こなす事もたびたびあった。東京の雑誌社、
新聞社のコラムの仕事、旅のページの仕事
などを抱えていたので、トンボ帰りをする
しか方法がなかった。
  こうした体験が身に付き、ちょっとや
そっとの複雑な日程での仕事こなしも
平気になった。決して良い事だとは思わ
ないが、とにかく仕事が楽しくて
しょうがない時代だったのだ。今から
考えてよく病気にもならずに仕事を
こなせたと思う。