ラジオ村・村長の旅歴史日記(156)
私は昭和54年から熊本でラジオのワイド番組の 仕事をしていたが、その聴取者との交流の場がほしい と思い、熊本放送のまん前にたまたまビルに空き スペースが出来たので、そこで喫茶店の形をとった 交流会館とも言えるものを開設した。 時間のあるかぎりここで、多くの人と井戸端会議を したいと思ったからだ。勿論こんな仕事はした事が ないので、プロの指導を受け、また、私自身が そこにいつもいるわけにはいかないので、アルバイトを 雇っての開店だ。目的は多くの人と交流する場と言う ことだが、喫茶店と言う形をとっているので、単に お茶を飲みに来る人もあるので、いろいろな 実験をしてみようという気になった。 その一つが、熊本へやってきてパンがべとべと 言うか、もちもちで、私の口に合わなかったので、 パンにもいろいろあるんだよ、と言うことを言いたい がために、当時はまだ週末は東京へ仕事で帰って いたので、それを利用して東京のおいしいパン屋 さんのパンを次から次ぎと買ってきて、モーニング のパンとして出していた。したがって東京から 帰る時は紙袋に一杯のパンをリックサックに詰めて まるで買出し部隊のような格好で帰ってきていた。 と言ってもパンなので重いものではなかったが、 あの人は毎回何をそんなにたくさん持ってきて るんだろうと思われたのでは・・・。