ラジオ村・村長の気ままな日記

  最近「あの人を知っている・・・」と云うことで
ちょっと気まずい体験をした。
  「人を知っている・・」と言う事ほど難しい
問題はない。たまたま私はタレント的仕事も
しているのでよくそういう場面に遭遇する。
  つまり私は有名人の部類に入るので、(私自身は
それを意識してはいないし、そう思われるのが
苦痛だが、立場上しかたないと)赤の他人が
”私を知ている”と云われるのだが、こちらは
何百人の人と会っているのでその人が私を知って
いると言われても、こちらには記憶がないと言う
事はざらにある。しかもまずい事に私は人を
覚えるのが苦手ときているからなおさらだ。
覚えないのは失礼だが、こればかりはどうにも
ならない。
  この”知っている・・・”と云うニュアンスには
いろいろな段階がある。例えば隣り近所で”顔見知り”
も知っているにはいるし、よく行く店でもこちらは
よく行くのでマスターの顔も性格も多少は知っているが
マスターから言わせれば、たくさんのお客の中でも
名前も知らない人もいる場合もある。マスターが
それほど関心のなかった人だったら当然だが、お客さん
の場合は本当の事を言ったら失礼になる場合もあるし
返事に困るだろう。
  親友も、友達も知っている人だ、長い付き合いか、短い
付き合いによっても異なるだろうし、短いからと云って
ものすごく親しい場合もあり得る。そんな行き違いは
いくらでもあるだろう。
  また世の中にはこれを上手に使って”知り合い”を
武器に仕事をしている人もいる。私の場合はこういう
人に”知り合い”をうまく利用される場合もあり
困り果てたこともある。
  友達の友達は友達だ  と云う表現があるが、軽い
気持ちで表現している場合はいいが、いろいろな
からみが出てくると微妙な問題が起こってくる。
人間社会の複雑さ、微妙さ、難しい問題だ。