2009-01-01から1年間の記事一覧

あんなこと こんなこと(209)

今年もいよいよ今日で終わりだ。今年ほど 変化のあった年は初めてだ。入院、ケガ(骨折) 店を閉店させたりと激しい変化だった。 74歳の年齢で入院、手術は初めてで とにかく恐ろしいの一言。まな板の鯉で どうなることやらと思っていたが、病気も 鼠けい…

ラジオ村・村長の旅歴史日記(103)

昭和49年から50年にかけてのアメリカ 西海岸の旅は初めての体験だけにびっくり する事が多かった。 ロスアンゼルスまでの列車縦断の旅は 何両連結されていたかわからないが、 とにかく途中にはトンネルが全くなかった ような気がする。列車がくねくねと…

あんなこと こんなこと(208)

”もういくつ寝るとお正月”なんて言う 雰囲気はない。わくわくする心もどこえやら、 ただ月が変わるだけ、年が知らぬ間に変わる だけ。 大人になったからではなく、社会の変化が 目まぐるしいからなのだろう。社会から ”間(ま)”がなくなったような気がして …

ラジオ村・村長の旅歴史日記(102)

昭和49年から50年にかけてのアメリカの 西海岸の旅は勿論初めてで、レンタカーを借りる のも初めて、右側通行に馴れるまでが大変だった。 それに最初の地サンフランシスコは坂が多く それもかなりの坂でカーブのすごいこと、 これにもびっくり、おまけに…

あんなこと こんなこと(207)

いよいよ暮れも押し迫り、なんとなく あわただしいが、今年の私は珍しいことに 年賀状をばっちり書き、すでにポストに 投函してきた。今までで初めての体験で 今年は初めての体験が多かったが、 こればかりはまあまあうれしい体験 しかしあとは残念なことに…

ラジオ村・村長の旅歴史日記(101)

昭和49年12月27日から昭和50年1月 10日まで約15日かけてのアメリカ西海岸 及びハワイへの取材旅行を安売りキップで 実行した。 当時は主に平凡出版の「週刊平凡」 「平凡パンチ」などという雑誌の記事を 依頼されており、ここに旅日記、風俗 探…

あんなこと こんなこと(206)

外国との交流と言うこともあって、次々と 新しい言葉が日本に入ると同時に、社会の 変化で、これまた次々と新しい言葉が生まれて くる、困ったものだ。カタカナ語は勿論だが 新しい言葉の意味がよく理解出来ない場合が 多いといえないか・・・・。 最近やた…

ラジオ村・村長の旅歴史日記(100)

昭和49年の香港旅行は生き抜き旅行 と言う事もあっってはめをはずした旅行 と言う感じだったが、当時の日本人の 海外旅行というと、どうしてもこうした スタイルのものが多かった。 そしておみやげがすごい、当時は外国の ウイスキーはまだかなり高かった…

あんなこと こんなこと(205)

アメリカでテロ未遂事件が起こった そうだが、毎回思うのだが、テロとは? 人間のことばほど勝手なものはないと 思うのだ。”テロ”ということばを 使うにも自分に都合の良いように 解釈して使うので、実態はどう言う ものかはっきりしない。 そんなはっきりし…

ラジオ村・村長の旅歴史日記(099)

昭和49年11月の香港旅行は大人の息抜き 旅行というものだったので、特に男どもは 大変だった。 前にも紹介したが、この旅行は広告代理店 が中心のスポンサーへの海外招待旅行だったので 食事は豪華版だったが、遊びの方もそれなりの ものだった。また、…

あんなこと こんなこと(204)

鳩山内閣の来年度の国家予算の骨格が決まったそうだが、 私としてはまさに官僚にしてやられたという感じだ。 民主党がどうのこうのではなく、結果的に民主党に 票が集まったが、庶民は税金の無駄使いをやめて もらいたいの一心で投票したわけで、今までの 金…

ラジオ村・村長の旅歴史日記(098)

昭和49年11月初旬、久しぶりの香港への旅だった。 最初に香港を訪れたのは昭和34年だから15年振り、 今回は広告代理店がスポンサーを招待するという催しで それに参加したお客様と一緒に旅をしたのだが、みんな 息抜きの旅なのではめをはずす事が多…

あんなこと こんなこと(203)

鳩山総理がやめるべきだのなんだのうるさいが 今回の事件は金持ちのおぼっちゃんのばかばかしい お粗末な脱税事件だ。金持ちならみんなやっている ことで、庶民にとっては、税金を正直に納めて いる者のとってはとんでもない事だがお灸をすえた ことでは良い…

ラジオ村・村長の旅歴史日記(097)

昭和49年10月の沖縄旅行は民間放送連盟の 番組審査での旅でいろいろ接待を受けてご馳走に なったが、昨日も書いあた通り、豚の耳も 美味しかったが、豚の角煮も絶品で、煮込み方が 独特で味付けも美味だった。いろいろな所で 食べたがここ沖縄の角煮は特…

あんなこと こんなこと(202)

ひさしぶりでカメラのシャターをやたら押す ようになって感じるのは、確かに機械は発達 しているだろうが、なんとなく落ち着かない のだ。デジタルとやらはいいが、すべてが 自動というか、勿論手動にして使うことも 出来るようになっているが、やたらと説明…

ラジオ村・村長の旅歴史日記(096)

昭和48年10月全国番組コンクールの審査の 仕事で私にとっては初めての沖縄旅行となった。 日本テレビ時代に私が所属していた教養部という 頃の先輩に鯨岡さんという女性の方がいらして その先輩のご主人の里が沖縄で料理屋をやって いらっしゃるというこ…

あんなこと こんなこと(201)

久しぶりに靴を買った。私は足に汗をかくクセが あるので、なるべく靴は履くまいと、普段はゲタ 草履の生活だが、仕事の関係上、靴を履かねば ならない時もあり、持つには持っていたが、 かなり痛んでいたのでいっそうのことここで 1足くらい靴を買ってもと…

ラジオ村・村長の旅歴史日記(095)

昭和48年12月から昭和49年1月にかけては 温泉取材旅行で、山梨県、静岡県、福島県と 寒い中での温泉取材に出掛けた。 特に福島県内では雪にぶつかり危険な運転を するはめになった。狭い田んぼ道から普通道路に 出ようとした時、そこはたまたま5〜6…

あんなこと こんなこと(200)

汚職の問題は人間がいる以上付き物と言っても よいだろうし、欲がある以上ちょっとした機会が あれば空き込んでくる可能性がある。 しかしそこで税金が浪費されるのだけは どうしても許しがたい。庶民が納めている 税金は、出来れば納めたくないものばかりだ…

ラジオ村・村長の旅歴史日記(094)

昭和48年の温泉取材旅行は仕事というより 楽しみでもあった。時には一ヶ月二回くらい 出掛ける事もあった。 10月は栃木県・塩原温泉、福島県・磐悌温泉 などを廻ったが、塩原温泉の新塩原温泉には 本当に珍しい温泉があった。七色の温泉が出るのだ。 白に…

あんなこと こんなこと(199)

コペンハーゲンで行なわれていた通称 ”2COP15”の会議は協定書の採決を 断念した言う、当然だろう。120カ国が 参加しての会議、しかもたった二週間で 全てを決定すると言う日程、ある国の代表 から「一時間で結論をなんて無理だ!」と 言う発言があ…

ラジオ村・村長の旅歴史日記(093)

昭和48年10月の温泉取材旅行だが、静岡県 伊豆の奥座敷、湯ヶ島温泉はさすが立派な たたずまいだった。玄関の入り口から砂利が 敷いてあり、両側には竹が植えられ、ヒノキの 門構え、玄関を入ると長い廊下を通って 奥座敷に案内され、風呂は崖に沿って造…

あんなこと こんなこと(198)

現代はメールばやりだ。都会に出るとかなりの 人が歩きながらメールを読むか打っている。 混雑している道路だろうとなんだろうとおかまい なし。あきれるばかりだ。 先日も熊本市内で繁華街を歩いていると向こう からメールを打ちながら歩いてくる女がいるで…

ラジオ村・村長の旅歴史日記(092)

昭和48年10月、毎日映画社の依頼で引き受けて いる「いでゆアラカルト」と言う温泉巡りの旅番組の 撮影で伊豆長岡へ出掛けた。 伊豆と言えば温泉の宝庫で、ちょっと歩けば いくらでも温泉があるという所だが、下加茂にある 大衆温泉は近所の人が利用する…

あんなこと こんなこと(197)

ローカルに暮らしてつくずく思うのは どうして大きい車に乗りたがるんだろう? と言う事だ。狭い道が多い地方であえて 大きな車に乗るのは何故なんだろう。 ものすごいタイヤのでかい(車から はみ出している)車。大型ジープなど 様々だが、普通車でも小さ…

ラジオ村・村長の旅歴史日記(091)

昭和48年の温泉取材旅行だが、長野県と群馬県の 県境になろうか、碓氷峠の山奥にある”霧積温泉”を 探すのは大変だった。我我撮影隊は大きなワゴン車で 出掛けるので、林道のような狭い道は車一杯一杯の 道で、カーブすらやっとと言う道、引き返すに引き 返…

あんなこと こんなこと(195)

東京を離れてローカルで暮らすように なって30年、自然に囲まれたこんなに すばらしい所はないと思っている。街に 住んでいる時代はそんな事はなかったが、 田舎町に住んでびっくりしたのは、朝 役場のスピカーから大きな音でチャイムが 鳴るのだ。御船町…

ラジオ村・村長の旅歴史日記(090)

昭和48年夏から始めた温泉取材旅行は、どちらか と言えばひなびた温泉を探す旅とも言えるもので、 知られているものを紹介してもつまらないので、 結果的にそうなったわけだが、撮影する方としては 楽しかった。地図を頼りにまずは探して、山奥の 場合は宿…

あんなこと こんなこと(194)

老後にとっくに突入している私だが、私自身 にはその感覚が全くないのだ。いけない事だと 思うが、お陰さまで健康だったので何にも 考えずに過ごしてきてしまった。 いよいよ来年は後期高齢者の仲間入りする わけだがどうなることやら。今後の生活を 考える…

ラジオ村・村長の旅歴史日記(089)

昭和48年から毎日映画社と言うところからの依頼で 「いでゆアラカルト」と言う5分間のミニ温泉めぐりの 番組の制作をすろようになり、温泉めぐりの旅が 始まった。夏木レナというフアッションモデルの タレントを起用して、全国の温泉を紹介するという 番…